黙然日記(廃墟)

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産経抄の司馬史観。

産経抄】2月17日 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/491945/
産経抄】2月17日 - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110217/stt11021702480001-n1.htm

 司馬遼太郎の言葉を引きながら、鳩山由紀夫前首相ひいては政権交代そのものを非難するという、産経の真骨頂大爆発の巻です。最初、司馬が竜馬というキャラクターに述べさせた言葉が引用されているのを見たときには、そのまま史実の竜馬が実際に考えたこととして語るのではないかと冷や冷やしましたが、さすがにそこまではやらずに済んだようで、何よりです。司馬が「すべからく」の誤用とされる表現を使っていることに、ちょっと驚きました。次の文が「〜べきである」で終わっているので、繰り返しを避ける意味で「〜必要がある」で受けただけ、とは解釈できます。しかしこうした部分を平気で引用していると、また今度「正しい日本語が」と言い出したときに「抄子が敬愛する司馬先生も」と反撃されかねませんよ。ていうかわたしはきっとやってしまいます(笑)。司馬は、内容はともかくとして、けっして名文家ではないとわたしは思っていますが。
 そんな司馬でも《その内容か表現に独創性がなければ》と、表現の方向に逃げ道を作っています。鳩山氏の発言が片っ端かららその場しのぎであったことは否定しませんが、「内容が銅であろうとその場で相手を説得できれば政治家の言葉として合格」と司馬が言っているようにも読めます。これを、舌先三寸で世を動かした竜馬の信念としているところが興味深いのですが、鳩山氏を竜馬になぞらえることもできるでしょう。最近は自称竜馬の政治家が多くてうんざりしますが、とにもかくにも維新を成し遂げたという意味で、この比喩は意味があると思います。とにかく維新を成し遂げられれば、あとは自分がどうなってもかまわない――道ばたに死そうが名声が地に落ちようがかまわない、という見方もできるかもしれません。革命というのは、みっともないものなのです。
 さてこの鳩山=竜馬説、司馬キャラとしての竜馬の目からは合格になるでしょうか。内容はともかく、表現としてはそれなりに独創的だと自負しています化。内容を無視していいなら、表現の独創性などこの程度のものです。