黙然日記(廃墟)

はてなダイアリー・黙然日記のミラーです。更新はありません。

産経のウェーバー観。

 昨日に引き続きですが、とにかく産経の紙面が後述するようにこれ一色なので、取り上げないわけにはいきません。
 仙谷由人官房長官が発言した「暴力装置」という言葉が、単に「自衛隊は暴力であり装置である」というような暴言ではなく、マックス・ウェーバーの用いた学術用語であり、社会学政治学においては常識的に使われているいることが、発言から丸1日を経て指摘が相次いでいます。いちおう、もし当事者である自衛官たちがそうした知識を持っていなかったら、あるいは知っていたとしてもいきなり言われたら、ショッキングな用語かもしれませんから、使用にあたっては注意が必要かもしれません。しかし、この答弁のとき質問台に立っていた自民党世耕弘成参議院議員安倍晋三内閣で広報担当首相補佐官)や下野なう産経新聞は、そうした配慮からではなく、ひたすら「暴言」として仙谷氏あるいは政権への攻撃材料としているようです。
 この用語については、実は昨日のエントリでわたしも恥を掻いております。いまさら「ウェーバーが」とか書くのも恥の上塗りではないかと思いますが、どうか大目に見てやってください。「よく聞く表現だけど権力批判の文脈で聞くことが多かった気がするなあ」ぐらいの感覚で、あらためて正確な用語として調べることもせずに書いてしまっており、いたく反省しております。今まで耳目にした用法も、おそらくほとんどは本来の意味だったはずですが、そのあたりの区別も曖昧でした。ただ、「暴力装置とは実力部隊のこと」という認識であり、権力そのものとは認識していなかったことは申し上げておきます。
 というわけで、あらためて紙の百科事典で調べてみたのですが、「暴力装置」についての解説は見あたりませんでした*1。言葉としては百科事典にも《暴力 − 政治における暴力》の項目に現れており、「軍隊、警察、刑務所など」と具体例は示されていましたが、それ以後は説明の必要もなく当然わかるはずの用語として扱われておりました。念のため、百科事典というのは専門の学者や学徒が対象ではなく、一般の人々が広汎な知識を得るために書かれています。

仙谷氏「自衛隊暴力装置」 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/464800/

 というわけで、とりあえずSANKEI EXPRESSの無署名記事から。本文は今までの経緯を(産経の主張に従って)まとめただけのものです。注目したいのは末尾の用語解説です。
 「暴力装置」がウェーバーの用いた、警察や軍隊を定義する言葉であることを解説しつつ、それをレーニンが《「国家権力の本質は暴力装置」》として暴力革命の肯定に用いた、この用法が全共闘運動に引き継がれ、その運動家だった仙谷由人氏が思わず使ってしまったのだ……と解説しています。しかし今回、仙谷氏は「自衛隊という暴力装置」と、ウェーバーの定義そのままに発言したのであって*2、「国家権力の本質が」なんて文脈ではありませんでしたよね。ていうかその国家権力の中枢にいるわけですから(笑)。これはまたずいぶんと的外れな解説です。印象操作の目的以外では。

仙谷氏「暴力装置」発言 謝罪・撤回したものの…社会主義夢見た過去 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/464785/

産経抄】11月19日 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/464830/

仙谷官房長官 更迭に値する自衛隊否定 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/464831/

 順に、19日付産経新聞(東京本社版*3)の、阿比留瑠比記者による1面トップ記事、1面コラム、2面の社説です。2面には他にも関連記事が掲載されていましたが、あまりに煩雑なので略します(たしか昨日取り上げた記事だったと思います)。
 上記のEX記事にある解説は、この阿比留記事にもほとんど同じ形で現れています。どちらが先かわかりませんが、同じ批判が当てはまるでしょう。阿比留記者はそのほか、《なかなか若いころの思考形態から抜け出せないようだ》というラインで記事をまとめているのですが、そこを強調すればするほどただの言い間違いだったことが明らかになってきませんかね。
 「産経抄」は、「暴力装置」発言は軽く触れられている程度ですが、最後を“言葉の力”に関するヒトラーの発言を引用してまとめています。演説家としては天才と評価される人物ですが、その発言の引用には十二分な注意を払う必要があるのは言うまでもありません。仙谷氏ら、現代日本の政治家の言葉が荒(すさ)んでいるとしても、荒(あら)ぶる言葉の魔力よりはよいのではないでしょうか。
 「主張」ではいきなり《自衛隊員の存在を否定する暴言》と、学術用語としての存在を否定する暴言から始まります。内閣官房長官という役職は、自衛隊にどんなな任務でも与える責任の一端を担っていますが、だからこそ「暴力装置」という用語の持つ、潜在的なリスクを常に意識していなければならないことになりませんか。注目すべきは、この「主張」には、マックス・ウェーバーのウの字も出てこないことです。ていうか、阿比留記事に出てきただけでもたいしたものですね。知識を得てから落ち着いて考えれば、別に問題のない発言だということがバレてしまい、この産経の一大バッシング自体が無意味になってしまうのですから。
 在京六紙の社説では、読売社説毎日社説がそれぞれ、他の閣僚の失言問題に関連して「仙谷官房長官の発言も軽い」という文脈でわずかに触れているだけ、それも発言そのものより、すぐに撤回した「軽さ」の指摘です。あいかわらず、産経の独自の戦いぶりが目立つところです。
 
 ところで、そもそもこの答弁がされた自衛隊基地での政権批判を制限するうんぬんの話題について。たとえばの話。ある企業があったとします。仮にS新聞社としましょう。もちろん架空の例です。そこの創立記念パーティーとかで、来賓がスピーチします。「こんな新聞社がなんで存続してるんだ。親会社のFMホールディングスは何をやってるんだ。あのときグループごと買収されていた方が良かった」などと発言したら、どうなるでしょう。少なくともその来賓は、S新聞社から出入り禁止にされるのが当たり前です。しかし、これを言論統制とはいいません。S新聞社にとってのFMホールディングスに当たるのは、自衛隊にとっての内閣です。自衛隊のイベントで内閣批判をする来賓が、出入り禁止とか、少なくとも「公式にスピーチさせるな」という話になるのは、これも当たり前の話でしょう。

暴力装置政治学用語 - はなさんのポリログ:イザ!
http://hanasan.iza.ne.jp/blog/entry/1897336/

 おまけ。あの花岡信昭氏が、珍しくまともなことを言っています。さすがに、いくらなんでも、曲がりなりにも大学院政治学教授の肩書きで、「暴力装置とは何事だ!」とは言えないでしょうね。
 ぜんぜん関係ないですが、さらにおまけ。来週中に「正論」欄に佐々淳行氏あたりが登場し、安田講堂の思い出を語るに一票。藤岡信勝氏とかだったらもっと面白いんですが(笑)。

*1:後述の花岡ブログによると、政治学辞典にも単独の説明はないそうです。

*2:まさか産経が「自衛隊は軍隊ではない」とは言わないと思いますが、少なくとも軍隊と警察の中間にあってより軍隊に近い実力部隊であることは明らかです。

*3:朝刊のみ、月決め2950円