黙然日記(廃墟)

はてなダイアリー・黙然日記のミラーです。更新はありません。

産経、基本中の基本を無視する。

景気上方修正 官民連携でデフレ脱却を - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/369547/

 17日付「主張」です。月例経済報告で経済指標が上向いたが、まだデフレ脱却にはほど遠い、政府はもっと対策をとるべき、という、驚くほどまともな提言です。これだけ読めば。
 んーと。経済学の基本中の基本を、ちょっとおさらいしてみましょうか。なに、「経済学」なんてレベルの話ではありません。小学生にも理解できる話です。
(1) みんながモノやサービスを買う
(2) 売り上げが増えて企業が儲かる
(3) 労働者の賃金が上がって生活に余裕ができる
(4) 労働者=消費者なので、(1)に戻る
 なんか都合がいいような話ですが、これが好景気と呼ばれる状態です。この循環が何かの理由で断ち切られると、好景気が続かなくなり不景気になります。もちろん他に様々な要因があるわけで、金融(お金の貸し借り)だけで経済が回っているように見えることもあります(バブル経済カジノ資本主義など)。しかし、この基本中の基本(実体経済といいます)を無視して経済を語ることはできません。
 さて、今日の「主張」は、どこがおかしいのでしょうか。この好景気の循環で、たやすく崩れる部分があります。(2)→(3)の部分です。企業は、入ってきた売り上げ金を、できるだけ払いたくありません。「儲かっているんだから労働者にも賃金をよこせ」と言われても、なにか逃げ道を探します。それをできないようにするのが修正資本主義と呼ばれる現代の社会制度で、これを「社会主義だ」と批判する人は、基本中の基本がわかっていない頭の悪い人です。企業がなにかを売らなければ経済が立ちゆかないのに、それを買える人が誰もいなかったらどうなるのか、そんなこともわからない人なのです。産経「主張」は末端の部分だけに目を向けて、肝腎かなめの「どうすれば労働者=消費者の収入が増えるか」を、まったく考えていないのです。もちろん、産経の論説が労働者のことを考えた例など、歴史上一度たりともありませんが。


 ついでに、話が飛びますが、公務員給与について。「公務員の給与が高すぎる」「官民格差だ」という声があり、民主党連立政権も給与総額の2割削減(つまり、給与を2割カットするか人員を2割削減するか)を公約に掲げ、実行しようとしています。しまいには橋下徹大阪府知事竹原信一阿久根市長のような人をもてはやす向きさえ見られます*1。国も自治体も財政は危機的状況にあり、なんとかしなければならないのは明白です。また、公共工事天下り利権を筆頭に、税金が無駄に使われている例がいくらでも出てくるのも事実です。一方で、政府や自治体はデフレ対策もしなければなりません。この二つは相矛盾していて、もともと公共事業バラマキは不景気対策として拡大してきたものです。そして、ここで上述の件と結びつくのですが、公務員給与の削減もデフレ要因になるのです。官民格差が問題であるならば、官の給与を下げるのではなく、民の給与を官に合わせて引き上げさせる政策を考えるべきなのです。といっても、修正資本主義は全体主義ではないので、政策として実行するのは、民間給与に口を出すより公務員給与に手をつける方が(まだしも)楽なのでしょうが。
 さらについでに、財政危機について。これも基本的な話で、好景気の循環が始まれば問題はかなり解決するのです。(1)で消費税、(2)で法人税、(3)で所得税がそれぞれ発生し、循環の規模が大きくなるにつれて、税額は(納税者側の負担になることなく)増えていきます。それだけで財政危機が解消されるのか、というと、それはたぶん無理なのですが、あるていどは改善されるはずです(2000年代前半の好景気で税収が大きく伸びなかったのは、増収になるはずの法人税率を必要以上に下げていたためと、(3)を実現しない政策によって所得税も消費税も伸びなかったためです)。逆に、公務員給与削減はデフレ圧力になって、むしろ財政を悪化させる要因になりかねません。
 なお、好景気の循環は、インフレという副作用を生みます。言うまでもなく、というか言っておくべきことですが、過度のインフレというのは、それはそれは恐ろしいものです。ただし、インフレ圧力が最大のデフレ対策になることも、言うまでもありません。インフレというものを、日本人全体もわたしももう20年も経験していないので、その恐ろしさを実感として忘れてしまった面もあるかもしれませんが、同時に恐怖の記憶だけが語り継がれている面もあるかと思います。戦後の新円切り替えやオイルショック当時の狂乱物価はともかく、バブル景気のころは、同時に円高状況とNIESの隆盛もあったので、身近なものの物価はかえって下がっていたように記憶していますが。ただそれも限界に来ているので、次のインフレではそうはならないでしょうね。

*1:今出ている「AERA」'10.3.22号に公務員給与関連の記事が掲載されていますが、竹原市長の発言をまったく無批判に取り上げているので、呆れ返りました。d:id:slapnuts2004:20100222:p2 などでその無根拠さを指摘されている「市民の平均年収は200〜300万円」も、竹原氏の発言をソースにそのまま掲載しています。