黙然日記(廃墟)

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産経の事件報道を検証する。他。

 24日分です。

[産経ヲチ][事件]産経に「報道ガイドライン」があった、というお話。 - 土曜の夜、牛と吼える。青瓢箪。
http://d.hatena.ne.jp/Prodigal_Son/20090624/1245812882

足利事件、一部先走った報道 本紙新ガイドラインで検証 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/269798/

 Prodigal_Sonさんのところ経由で、産経が自らの報道を検証する記事を出していることを知りました。Prodigal_Sonさんは、産経がいままでの誤報虚報捏造にほっかむりしているのに足利事件だけ“検証”するのか、というあたりに注目されているようですが、しかしこれも「検証」ではないですよね。現在の(最新の)基準に従って、当時の報道を読み返すとこういう問題があった、しかし今はちゃんとやってますよ、と言いたいだけの記事にしか見えません。産経史観では、「現代の価値観で歴史上の事実を評価してはいけない」ということになっていたはずですが……。*1
 ではその、裁判員制度の導入に合わせて今年2月から採用された現在のガイドラインとは、どういうものでしょう。

産経新聞社 > 会社・IR情報(事件・裁判報道ガイドライン
http://www.sankei.jp/company/co_affair.html
事件・裁判報道ガイドライン(平成21年2月21日公開)
1. 事件・裁判報道の目的・意義と基本姿勢
2. 供述をはじめとする捜査情報に関する報道について
3. プロフィル報道について
4. 識者コメントについて
5. 裁判員裁判の報道について

 正確なところは本文を読んでいただきたいのですが、読者の中でも特に裁判員に与える報道の影響を考慮して、事件報道の意義を踏まえた上で「最初から犯人扱いしない」「捜査情報を垂れ流さない」「前科は慎重に扱う」「裁判員裁判の公正さを守る」「公判では検察・弁護側双方を対等に扱う」などとなっています。裁判員制度と関係なく、以前から報道に求められていたことばかりですが、とにかく2月以後はこのガイドラインに従って産経新聞社は報道している、ということになっているわけです。
 
 というところで、実際にはどうなっているのか、今日の産経の記事から事件報道の実例を一つ引いてみます。(以下、いずれの記事についても、伏せ字は引用者によります)。

強制わいせつの疑いで検察事務官を逮捕 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/270101/
 茨城県警土浦署は24日、強制わいせつの疑いで、□□市××、水戸地検土浦支部検察事務官、○○△△容疑者(31)を逮捕した。同署によると、○○容疑者は「そういうことはやっていない」と容疑を否認している。〔以下略〕

 否認しているのに職業と町名までの住所付きで実名報道ですか。職業が職業だけにニュースバリューが高いのはわかりますが、性犯罪は痴漢冤罪の例でも知られるように、容疑をかけられるだけで社会的信用の失墜につながるもので、報道には慎重さが求められるはずです。
 強制わいせつ罪単独では裁判員制度の適用対象にならないので、現在起きたら確実に裁判員裁判が行われる、世間にも注目された事件の関連報道を見てみましょう。昨年9月に起きた幼女殺害事件に関する今年4月時点(ガイドライン適用後)の報道です。

△△容疑者を週内に起訴へ 責任能力認める鑑定 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/242903/
 〔前略〕千葉県警の調べでは、△△容疑者は昨年9月21日昼、××市の自宅マンション近くの路上で○○ちゃんを連れ去り、自宅の風呂の水に沈めて窒息死させ、遺体を約100メートル離れた路上に遺棄したとされる。

○○ちゃん事件 「被害者参加制度の適用を」 遺族が意向 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/244062/
 〔前略・遺族代理人の〕弁護士によると、遺族は「○○ちゃんの最期を見た被告にその瞬間のことを語ってもらいたい。せめて事件の経緯、事実を知りたい」と考え、母親の□□さん(38)だけでなく、祖父母も参加の意思を示している。△△被告側から遺族への謝罪はこれまでにないという。

 この事件では、逮捕当初は容疑者は容疑を否認し、長期間拘留の後に“自白”があったもののその後も内容が変遷しているという、冤罪に典型的なパターンを踏んでいる上に*2、現時点でも被告の責任能力や証言能力に疑問を持つ声があるのですが、こういうのは犯人扱いの報道ではないのでしょうか。「千葉県警の調べでは」とソースを明らかにはしていますが、弁護側の主張はまったく記事の中にありません。

○○ちゃん事件 「苦しみ知り寄り添いたい」 母親が手記 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/243975/

 被害者参加制度の記事と同日に、被害者の母親による手記が公表されています。実はこの手記では、被告人を犯人扱いしてはいません。ただ、真実を知って「せめて少しでもその苦しみを知り、今からでもそれに寄り添いたいのです」とした上で、「被告人には、知りうる限りの事実を話して欲しい」と書いているだけです*3。同じく遺族でも、母親と祖父母は考え方が異なるのかもしれませんが、産経記事の記述は母親の手記の姿勢とかなり食い違っていないでしょうか。
 さて。産経新聞は、裁判員制度の導入に伴い、裁判員に「被告は真犯人である」という余談を与えないための報道ガイドラインを定めました。それは立派なことです。あとは、このガイドラインを実践するだけですね。

[assort]小ネタ。

 以下はいつもの感じで。

【断層】大月隆寛 大学最前線の現実 - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/090624/imp0906240843001-n1.htm ウェブ魚拓

 中身には言及しません。論評する価値がないので。それよりも、URLのディレクトリ名にご注目ください。まだピンと来ませんか? では、タイトルの下にご注目を。「このニュースのトピックス:皇室」。もちろん、コラムの内容は皇室とは縁もゆかりもありません。「高貴」と「愚劣」を対義語にしていいのなら、よりによってここまで両極端の配置が、と思うような組み合わせです。
 「なにをどう間違えたのかもわからない」というのは産経電子版にありがちなことですが、それにしてもなんでいちいち皇室を侮辱しないと気が済まないのやら。

【正論】多様性こそが究極の安全保障 坂村健 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/269838/

 IT専門家の坂村“国産OS”健教授が、産経「正論」欄で、安全保障について語っています。どんな内容かと期待したら、情報システムの安全性を保障する話でした。落とし話みたいですが、多様性の重視は、いわゆる国の安全保障、防衛・軍事にも通じる話ではないかと思います。

【主張】骨太2009 徹底的に規律を締め直せ - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/269855/

 そんなに財政再建が大事でしょうか。財政再建はもちろん大事ですが、国民の生命・健康を削ってまで達成することはない、というのが大方の意見でしょう。その意味では小泉政権末期の「骨太の方針2006」の考え方が根本的におかしかった、または少なくとも見通しが甘かっただけです。2006年6月時点で小泉首相は、9月退陣(そして安倍晋三氏の事実上の後継者指名)を決定していたわけで、言い遺したつもりかもしれませんが、ただの言いっぱなしだったのでしょう。
 麻生政権を評価できるとしたら、今回は唯一のポイントと言っていいぐらいでしょう*4。ただ、無駄な公共事業は徹底的に削ってその分を社会保障に回せ、というのが国民の多くの意見であって(そして現野党の政策でもあります)、その点では麻生政権は、やはりなにも考えずにたまたま社会保障の分野だけ結果が一致した、と見るのが正解でしょうね。その点を批判する産経「主張」にいたっては、なにをかいわんやです。

*1:一方、自慰史観と逆の立場である自省史観から見ても、現在を完全に肯定して過去を裁くのは褒められた話ではありません。

*2:もちろん、パターンが同じだから冤罪だと決まったわけではありませんが、いまは報道姿勢の慎重さを問題にしているので、「疑わしきは被告人の利益に」の原則を最大限適用する必要があります。

*3:以前からわたしは、この種の遺族による手記は、被告人を頭から犯人扱いするものが多くて気分が悪くなるので読まないようにしていたのですが、この手記には感銘を受けました。

*4:大不況への景気対策はいちおう評価していいと思います。ただ、「なにも考えず金を使ってもかまわない」状況では、完全な失敗をする方が難しいでしょう。