黙然日記(廃墟)

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産経の訃報記事。

作家の栗本薫さん死去 「ぼくらの時代」で江戸川乱歩賞を受賞 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/books/breview/258781/

 なんと言っていいのかわかりません。あまりよい読者ではありませんでしたが*1、好きな作品については本当に大好きだと言い切れるし、肌に合わなかった作品でも*2、その恐るべき才能にふと気づいて、背筋が寒くなる思いを味わったことがよくありました。56歳という年齢は一般的に言っても早すぎますが、完結までまだまだ長い時間がかかるだろうという話を聞き、それでもゴールは見えていたのだろうと思えば、ご本人にも、読者にとっても、あまりに悔やまれるところです。今はただ、「本当にありがとうございました。安らかにお眠りください」と申し上げます。
 
 こんなときでも産経の記事が気になってしまうのは、もう業のようなものでしょうか。「ミステリーや時代小説などで知られた作家の栗本薫さん」という冒頭から不審に思ったのですが、記事の中に『グイン・サーガ』の名前がないことに、驚愕しました。なんらかの賞を受けた作品を並べるのが訃報記事のテンプレートであり、『ぼくらの時代』が優先されることはわかります。しかし、栗本薫という作家の仕事が常識をはるかに超える才能と実績を示しその全貌は掴みがたいとはいえ、その中で時代小説が占める割合(一般的に言えば少なからぬ数の時代小説作品があるわけですが)とSF・ファンタジーが占める割合を考えると、この紹介はいったいどういうつもりなのでしょうか。まさか、NHKでアニメが放映されているという理由じゃないでしょうね*3高千穂遙氏と新井素子氏のコメントが真っ先に出ているので*4、SF作家としての栗本氏の立ち位置を理解していないとは思えないのですがね。高千穂氏は日本SF作家クラブ会長として取材したのかもしれませんが、同世代のライバルであり、「どちらが日本初の本格ヒロイック・ファンタジーを書くか」で暗黙の競争があった(そして『グイン』で栗本氏が先行した)ようなことをどこかに述べていたと思います。新井氏はデビューが同時期で、それまで女性作家がいなかった日本SF界で、二大アイドルとしてもてはやされていました。当時は話題先行でそれぞれの実力を認識していた人は少なかったようですが、今思えば、新井氏の『あたしの中の……』高千穂氏の『ダーティペアの大冒険』そして栗本氏の『ぼくらの時代』(非SFですが)が、現実の若者の話し言葉を積極的に取り入れた新しい文体の先駆けとなり、現在のエンターテインメント小説に与えた影響はたいへん大きかったと思います*5。たまたま昨日、『ダーティペア』の文体のことを考えていたので、この符合に妙な感覚を持ちました。
 

asahi.com朝日新聞社):評論家の中島梓さん死去 作家「栗本薫」でも活躍 - おくやみ・訃報
http://www.asahi.com/obituaries/update/0527/TKY200905270111.html
栗本名でのファンタジーの大河小説「グイン・サーガ」は、計150巻近いベストセラーシリーズ。4月に最新刊を出したばかりだった。SF、ミステリー、ホラー、時代小説と幅広く多作だった。

*6

訃報:江戸川乱歩賞の作家、栗本薫さん 56歳 - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/person/obituaries/news/20090527k0000e040048000c.html
 「ぼくらの時代」「グイン・サーガ」シリーズなどで知られる作家、評論家の栗本薫(くりもと・かおる、本名・今岡純代=いまおか・すみよ)さん

“マルチ作家”栗本薫さん死去、「中島梓」の名でも活躍 : 文化 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20090527-OYT1T00389.htm
 剣と魔法の支配する異世界で、豹頭(ひょうとう)の戦士が活躍する「グイン・サーガ」は、79年にスタートし、2005年に正編だけで100巻を突破、最新刊は126巻。一人の作家による小説としては世界最長と言われる。

 各紙ともJUNE関連に触れていないのはしかたないかもしれませんが(毎日記事の細谷正充氏のコメントは、それを示唆するような内容です)、朝日記事で紹介されている中島梓『コミュニケーション不全症候群』ISBN:9784480031341 など、サブカルチャー全般に与えた影響の大きさも、改めて認識しました。

*1:80巻の手前で止まっています。この先50巻あるわけで。

*2:どうもわたしは、本格推理というジャンルがまったくダメみたいです。なぜなのかわかりませんが。

*3:アニメはかなり期待していて、デザインや脚本は悪くないと思ったものの、OPの段階で作画に絶望し一度しか観ていません。たしかグインが崖を飛び移るカットで、あまりにも「重さ」を感じさせない動きをしていて、ああこりゃダメだな、と。グインというキャラクター特有の筋肉量と俊敏さを表現しろとは言いませんが、普通の人間の動きとしてみてもあれはダメじゃないでしょうか。

*4:高千穂氏のコメント http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/books/art/258827/ 新井氏のコメント http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/books/art/258846/

*5:もちろん他に、橋本治氏や小林信彦氏ら、直接SFと関わらなかった小説家たちの功績も無視できないわけですが。

*6:この朝日記事の見出しに、中身も読まず産経の記事と比較もせずに的はずれな批判をしている人もいますが。「朝日新聞がSFを全く認めていないことが判明」 http://carlos928.iza.ne.jp/blog/entry/1055215/