黙然日記(廃墟)

はてなダイアリー・黙然日記のミラーです。更新はありません。

産経「正論」の一つ覚え。

【正論】拓殖大学学長・渡辺利夫 「新脱亜論」で訴えたかったこと - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/184524/

 「ナントカの一つ覚え」じみてきた渡辺氏の登場です*1。“自虐史観”“東京裁判史観”に基づく書物が並ぶ現状を、「冷戦崩壊から十数年」が経っているのに(冷戦って崩壊するものでしたっけ?)、と嘆いていますが、はて何の関係があるのやら。東京裁判史観というのは、ソ連に押しつけられた史観だったのでしょうか。あるいは、第二次大戦の枠組みがそのまま続いて冷戦になった、とか思っているんじゃないでしょうね。歴史学の権威が書いた本はそういうものばかりだ、と言われても、自由主義史観側が「学問的業績と呼べるような」書物をほとんど出していないのだから仕方ありません。
 渡辺氏は第一の論点として、現在の地政学的状況が日清・日露前夜と酷似していることを挙げています。日本列島がユーラシア大陸の東端に位置している点では、たしかに酷似しています。しっぱなしです。一方で、そこに政治的観点を持ち込むとすると、たとえば日本列島にとって大きな要となる朝鮮半島が、因襲的な弱体政権であるか、兇暴な仮想敵国と間接的軍事同盟国による分断統治になっているかの違いを考えるだけでも、100年前と現在の状況はまったく違います。それにしても、些細な領土紛争があるからといって、大韓民国との対立をあおることが、日本国にとっていかなる国益になるのでしょうか。また、近隣諸国と対立していることと集団的自衛権の行使は直接関係ないし、PKOへの参加にいたっては全く無関係です。
 現代の日本国にとって、近代前期の国際状況が参考になるかといえば、もちろん歴史上の出来事からはなんでも学ぶべきですが(「これは参考にならない」という学習も含めて)、直接比較できるものではありません。
 第二の論点は、アングロサクソンとの同盟が日本を幸福にするという、例のアレです。今ちょうど、「日本を降伏にする」と誤変換したのですが、ATOKは賢いなあ。
 第三に、もし日清・日露戦争で日本が負けていたら属国にされていただろう、これも現代と同じだ、と主張しているのですが、なにがなにやら。現代の中華人民共和国覇権主義であることが確かだとしても、100年前の大清帝国は列強の蚕食から身を守るのがやっとで、たとえ日清戦争に勝利したとしても、日本を新たに属国にするような余裕があったとは思えません。だいたい、現在の日本国は経済で世界2位、人口で世界10位、面積でも世界62位前後(統計の取り方によって変わります)つまり国連加盟191カ国の上位3分の1に入っています。世界でも有数の大国を軍事力だけで属国にできるものかどうか、少し冷静に考えてみてはどうでしょうか。もちろん、無差別空爆核兵器を使用して完膚無きまでに叩き潰されてから占領され実質的な属国にされた例はありますが、それを「幸福」と表現する渡辺氏にしてみれば、よほど簡単なことだったと思えるのかもしれませんが。
 そのほかにも、台湾がまだ日本領だと思っているかのような珍妙な記述があったり、いくら歴史の専門家ではないと自称しいても(しかもそれを補張っているらしくても)、アマチュアレベルにすら達していないのではないでしょうか。それにしても「正論」欄は、汲めども尽きぬ泉ですなあ。

*1:渡辺氏の『新 脱亜論』については d:id:pr3:20080622:1214142979 および d:id:pr3:20080710:1215701891 あたりをご参照ください。