黙然日記(廃墟)

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産経抄、親孝行を勧める。

産経抄】5月5日 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/142669/

 「こどもの日」は母親に感謝する日でもあるとして、親孝行を勧めまくっています。
 ある食品メーカーに戦後就職した読者の手紙の紹介から始まるのですが、その会社が社員の親許に、毎月千円を送金するという仕組みがあったそうです。これを「親孝行制度」として産経抄は絶賛していますが、さて。
 今なら千円の送金は「形だけ」という感覚になるでしょうが、1954年当時の大卒銀行員初任給が5600円だったようで、1000円といえば今の4万円以上に相当するでしょうか。なかなかの金額で、その分をただ払うとは思えません。給与から天引きしていたのか、給与として払うべき分を親許送金制度に充てていたのか。都会の若者に現金を渡すより強制的に親許に送金させていたと考えれば、それでもけっこうな「美談」ではありますが、少なくとも今の感覚では、企業が社員の行動にそこまで干渉するのってどうよ、という話ですね。
 この制度は現在でも続いているそうですが、「親許送金制度」のGoogle検索結果はゼロです。分割してキーワードをいろいろ変えてみても、この「産経抄」関連か、あるいは「女工哀史」や従軍慰安婦関連のページばかり出てきます。今でもこの制度が続いているというなら、会社の広報部がいくら隠していても、社員のblogあたりでなにか引っかかるだろうと思ったのですが。また例の、身元不明の関係者ですかね。

ついで。

 上で「女工哀史*1の名前が出たので、ついでに。ちょっとした興味で大正時代を中心にした庶民生活について調べていたことがあるのですが(「サクラ大戦」とかは思いっきりフィクションですね。当たり前だけど)、「女工哀史」を読んだときはかなりへこみました。悪いところを強調して書いている面もあると思うのですが、麦だけの飯に腐りかけた漬物と、糠味噌の汁(味の想像がつかない)だけの食事で1日14時間労働、休日は月1回が当たり前だったとかの記述が続くし、今なら中学生ぐらいの(ときには10歳前後の)女の子がほとんど人身売買のように連れてこられて、給料の大半は「親孝行」と称してそれこそ会社から親許へ送金されるというシステムも、当時はごく普通で、(一部の共産主義者を除けば)誰も疑問に思わなかったという、剥き出しの資本主義の現実を突きつけられます。(註釈しておくと、江戸時代の奉公制度も調べてみると似たようなものだし、おかずが漬物だけの一汁一菜はつい最近まで日本人の食事の基本でしたから、質の問題を除けば資本主義がすべて悪いというわけでもありません)。
 昭和に入ってもこうした状況に大きな変化があったわけではないので、「従軍慰安婦の待遇は内地の労働者より恵まれていた」といった言い方には、十分な注意が必要です。