黙然日記(廃墟)

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産経、国の宣伝機関を目指す。

 朝日新聞の3月26日社説「国の宣伝機関にするのか」に、産経がいまさら噛み付いています。紙面では1面トップと2〜3面に関連記事という大きな扱いです。

経緯。

 まず経緯を整理しておきます。古森重隆NHK経営委員長が3月11日および25日のNHK経営委員会で、「NHKの国際放送は日本の国益を重視すべし」という主旨の発言したことに対して、3月26日の朝日新聞社説が、NHKの中立性を損なうという点から問題視しました。それを今日付けの産経新聞が“国益”重視の観点から批判した、という形になっています。この朝日社説には古森義久産経新聞編集特別委員兼論説委員も噛み付いていましたが*1、やはり古森氏が古森氏を擁護したというだけではなくて、産経新聞全体として古森重隆氏の主張を擁護し朝日新聞を叩こうという方針のようですね。
 いまさら説明するまでもありませんが、NHKで実際に運営を行っているのは、会長以下内部出身者中心の執行部であり、それに対して外部出身者を含む経営委員会が監視役となっていて*2、さらに予算と経営委員会の人事に国会の承認が必要というハードルも設けられています。公共放送としてはそれなりに妥当な仕組みだと思いますが、経営委員や特に委員長に放送・報道のことをわかっていない人が就任すると、いろいろ混乱を招いてしまうようです。
 これもいまさらですが、古森重隆氏(本業は富士フイルムHD社長)は、安倍晋三前首相のブレーンの一人とされていた方です。経営委員および経営委員長に選任されたのも安倍政権によるものでした。安倍氏NHK朝日新聞といえば(さすがにいまさらすぎるので以下略)。
 前提として、該当の朝日新聞社説を魚拓で挙げておきます。

(cache) asahi.com朝日新聞社説 - ウェブ魚拓
http://s03.megalodon.jp/2008-0326-1233-57/www.asahi.com/paper/editorial20080326.html

産経1面トップ記事。

 前置きが長くなりましたが、いよいよ今日の記事について。

国益」主張は当然 NHK海外向け放送 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/business/media/138801

 iza!のページは、今朝の時点では紙面と同じこの見出しだったのですが、現在は「NHK「国益」発言で議論 一部メディアが批判」に変更されています(MSN産経ニュースでは現在も同じ、ただ前後入れ替わっています)。
 この記事だけを読むとわりともっともらしいことを書いているのですが、「国益」という言葉の捉えかたに大きな認識の相違があるようです。朝日社説が問題であると指摘した「国益=政府の宣伝」という考え方を、産経記事はそのまま是認しています。朝日社説は「日本政府の意見を伝えるな」とは書いていないのに(「同時に違う意見も伝えろ」と主張しています)、産経記事はそのような藁人形を作って叩いていることが、両者を読み比べればよくわかると思います。

2面・産経から朝日への質問状。

NHK「国益」批判に対する朝日新聞回答 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/business/138835/
【NHK】「国益」をめぐる経営委員会議事録(抜粋) (1/2ページ) - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/080418/biz0804182234017-n1.htm

*3
 この件について産経新聞朝日新聞に質問状を出し、朝日が18日に返答してきたことが、今日の大々的な記事につながっているようです。
 質疑の内容がことごとく食い違っているのですが、朝日社説のほうを見ていない読者にはわかりづらいかもしれません(朝日の回答には必要な範囲で社説が引用されていますが)。
 また、朝日の回答が議事録を引用した部分を、産経は「他記事で紹介している」としてごっそり略していますが、どこを引用したのか不明なので、回答の掲載としては不適切ではないでしょうか。議事録抜粋記事の全文が朝日の回答に含まれていたなら、それはそのように明記するべきです。(そもそも、iza!に議事録抜粋が配信されていないので、読者にとってはさらにわけのわからないことになっているわけですが)。
 この朝日の回答に対して、産経から直接の再反論はありません。

3面・識者コメント。

 トップ記事の中には「識者からは反発の声」として、田久保忠衛氏と井尻千男氏のコメントが引用されており、その他に独立記事として、両氏およびBBCワールドジャパンの松田和司氏の詳しいコメントも掲載されています。(紙面掲載順に並べます)。

「公共放送としては当然」 田久保忠衛杏林大学大学院客員教授  - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/business/138836/
【NHK】「無色透明な情報は幻想」井尻千男拓殖大日本文化研究所長 - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/080418/biz0804182239021-n1.htm
「公正な報道が信頼性に」 松田和司・BBCワールドジャパン社長 - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/business/media/138846

 松田氏のコメントは、放送人としてごくまともな「公正な報道」に関する意見であり、BBCがいかに政府から独立しているかを明確に語っていて、田久保・井尻両氏のコメントとはかなり毛色が違っています。なぜ松田氏のコメントがトップ記事に引用されていないのかは不明です。
 田久保氏がBBCフォークランド紛争報道に言及しているのは、松田氏のコメントを先に読んだからなのでしょうか。偶然の一致とは考えにくいし、表現を見ても反論を意図したものに思えます。先に松田氏のコメントを取り、それが産経の主張に合わなかったので、あわてて田久保氏と井尻氏に松田氏のコメントを見せた上でコメントを取ってきた、と考えるとすっきりします。
 ていうかそもそも、公共放送の問題でNHK以外の公共放送の代表格であるBBC日本法人社長に意見を聞くのはわかりますが、なんで国際政治学者の田久保氏やコラムニストの井尻氏によるコメントが必要なのか、そしてそちらのコメントだけを1面の記事に引用するのか。合理的に考える限りでは、記事としての方向性がわかりません。「産経だからなあ」と考えればとても納得できるのですが。


 この一連の産経記事は、朝日の回答と松田氏のコメントを除いて(質問状の産経側の質問内容は含めて)、「事実を伝える」と「意見を伝える」の違いを理解していない、またはあえて混同させているようです。「事実を伝えなくていい」とは誰も言っていないし、「両論併記すべき」という意見に対するまともな反論も見受けられません。NHK経営委員会議事録でもその点では一致しているので、産経が何を問題にしているのかすらわからなくなります。NHKは国の宣伝機関になるべきだ」と主張しているのでなければ。

*1: http://d.hatena.ne.jp/pr3/20080331/1206969221 参照

*2:形式としては経営委員会がトップですが、放送内容にはあまり口出ししないのが従来の慣例だったようです。

*3:正確には、議事録抜粋記事は3面に掲載されましたが、関連するのでここで扱います。