黙然日記(廃墟)

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米澤嘉博さんの遺志。

 訃報に接してから、自分でも驚くほど落ち込んでいます。ふだんなら面白がっていたような出来事もいろいろあったのですが、はしゃぐ気にはとてもなれないぐらいに。
 あらためて米澤さんの書いた文章を読み直し、小なりといえど表現者であることを自負してきた自分のスタンスは、ほとんどすべて、米澤さんの考え、理念に立脚していたのだということに、いまさら気づかされました。わたしのパーソナリティーの非常に大きな部分を、数字で表現するのはナンセンスながら過半といっていい部分を、米澤さんが、米澤さんの築き上げたコミケットが、最初から包み込んでいてくれたのだと。


 「コミケットマニュアル」(サークル参加者向けの申込書セットに含まれる文書)に掲げられた、「コミケットの理念と目的」から引用します。

コミケットの理念と目的

☆マンガ、アニメ、ゲーム、小説及びその周辺ジャンルにおける表現の可能性を追求するメディアとしての同人誌、営為の結実としての作品、それを一般に向けてアピールする場がコミケットです。基本的には同人誌、ディスクや電子媒体物などの創作物の展示即売会という形をとります。
☆プロジンや既製の物にはない新しい形での表現を求めていく創作活動、研究したり楽しんだりするファン活動を行う人たちの為に、出会いの場を提供し、それを通して刺激を与えていく活性剤の役割をコミケットは持ちます。即売会の形を取った、コミュニケーションの場、マンガ、アニメファンの社交場としての意味も同時に持つでしょう。
☆それは新たな可能性を求める人たちが作品に出会える場であり、作品を受け止めてくれる人を見つける場でもあります。
☆場であることを前提としている以上、コミケットに参加の意志を持つサークル、人全てを容認し、受け入れていくよう努力しなければなりません。物理的限界へ挑戦する意志を準備会は持つことになります。(但し、他人に迷惑をかけたり、妨害、場の運営に支障をきたすような意図を持っての参加はお断りします。)
コミケットは、マンガ、アニメ、同人誌に関わる人たちがコミケットを必要とする限り、何らかの形で恒久的に続けられていかねばなりません。主催団体であるコミケット準備会は、いかなることになろうと、形態が変わろうと、そうした「場」を用意し続けていくことを自らに課していきます。
コミケットは企画参加者としてのサークル、読み手、受け手としての一般参加者、そして準備会の三つを構成要素として行われるマンガ、アニメetcのファンの交流会です。コミケットを取り行うのは全ての参加者であるというのが基本であり、内実を作っていくのも全参加者です。そして、参加者全員は全て平等である必要があります。
コミケットは、表現において自由な場であらねばなりません。それについては自由を守る立場を貫いていかねばなりません。
☆表現に限らず自由な空間であるために、参加者の自主性と共に各自のモラル、マナー、常識、自覚が必要となります。コミケットという場をより可能性のある物にしていく為に、参加者は全員、場を維持していく立場で参加してもらうことになります。また、会期中は、参加者それぞれが個人の責任において活動してもらうことになります。
コミケットは場、容器、であるが故に、参加者、本、状況の変化によってその内実は変わり続けていくことになります。コミケットの変化とは、すなわち、参加者の変化です。あらゆる物を受け入れ、外に向かって提示することによって、形を見せていくことになります。寛容性を持ち、個人個人、それぞれの作品を尊重していくために、参加者には他人を認めること、受け入れることを心がけてもらいたいと思います。
コミケットは法的規制のあるもの以外については、表現、作品の内容に立ち入らず、個々の営為、表現を流通させていくことを目的とします。準備会は運営上最低必要の形でしか管理、規制を行わないようにしています。
コミケットは一般に向けて開かれた場であり、同人誌の「現在」をきちんとアピールしていくことに努力します。偏見やマイナスイメージを取り払っていくことを求めていかなければなりません。
☆あらゆる個々の「表現」の自由な流通、表現のネットワークの構築に向けて、世界まで視野に入れた形での展開を目指すことを考えていくことになります。また、同人誌に関する情報や資料の整理などを始め、コミケットを核にしたあらゆる作業に取り組むことも視野に入れていきます。
コミケットは趣味的サークル活動の延長に位置しながらも、出来るだけ公的「システム」そのものへと至る道を模索していると理解して下さるようお願いします。――コミケットは営利を目的とせず、マンガ、アニメなどに関わるアマチュアのために力を貸していくシステムであり、一つのムーブメントとして自らを規定します。

 重要かつ必要な部分の引用にとどめようと思ったのですが、そうしたら全文引用になってしまいました。この「理念と目的」は、米澤さんがコミケ参加者に、あるいは表現に関わる人間(表現する者・表現を受け止める者・あるいは外部から興味を持って見ている者を含め)すべてに伝えたかったことだと思います。「コミケ」という名前がここまで流布していて、そのアルファでありオメガである文書なのに、電子化した形ではまったく見かけないので、記録の意味も含めて全文転載しておきます。少なくとも、米澤さんが、米澤さんの意志としてのコミックマーケットが、どのような理念と目的を掲げているのかを広く知らせることは、故人の意志に適うことだと信じます。