黙然日記(廃墟)

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産経論説委員長、憤る。

 5/6分です。リクエスト曲掛けないなら募集なんかすんな。暴れるぞゴルァ。夜の校舎窓ガラス壊して回るぞ*1

【風を読む】論説委員長・樫山幸夫 “お上”の報道干渉か(1/2ページ) - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140506/plc14050613000011-n1.htm

 産経の論説委員長(記者としては一番に偉く、記事全体に責任を持つ人です。念のため)が、なんか憤っています。TPP交渉について政府が情報を出さないので、メディア各社は「独自の取材」をして記事を書いている。それに対策本部の高官が《「誤報」「全くのウソ」》と不快感を示したそうです。その誤報のせいで交渉をしくじったこともあるから注意してくれ、というコメントに対し、「自分たちの努力を無視するのか」と逆ギレしているのですね。政府からのリーク情報に頼って記事を書いてきた(産経に限らず)マスメディア各社の体質が招いた事態なのですが、樫山委員長にはまったく自覚がないようです。TPP交渉の成功が日本の国益になるかどうかは別として、きわどい交渉をしているときに雑音が入って台無しになるのは、たしかにあまり望ましいことではないでしょう。もちろん報道の自由はあり、それは(産経がよく唱えるような“国益”などよりよほど)重要なもので、単に「交渉の妨害になる」ていどの理由で制限されてよいものではありません。しかし、それも正確な報道があってこその話で、ろくに裏も取らない(取れない)無責任な飛ばし記事は《「誤報」「全くのウソ」》と指摘されてもしかたないでしょう。政府による報道規制は断じて許されませんが、産経がよく唱えるように自由に責任が伴うなら、この場合は、誤報をしない責任、裏の取れない情報は記事にしない責任が求められているのです。“国益”を無視して報道する自由はあります。ウォーターゲート事件は、常にひとつの基準になるでしょう。権力を監視するという報道の目的とそのための自由を守ることは、なにより優先すべき「国益」だからです。その前提には、誤報をしない、自己チェックを怠らない、報道の価値を自ら損なわない責任が付随するのです。
 ……マスメディア全体の話をしているのですが、産経批判に見えてくるのはなぜでしょう。この病弊が特に集中しているのが産経新聞で、その責任者が樫山委員長ということに、つい目が行ってしまうせいでしょうか。このコラムは、上記のような「報道の自由」とその責任を、本当に考えたものになっているでしょうか。

*1:オザキは嫌いです、特にこの部分が。